コート上で、肩が震えていた。崩れ落ちそうなひざを必死で支えた。小椋と潮田、2人で歴史をつくった9年分の涙がコート上にこぼれ落ちた。立ち見 も出た超満員3200人の観客から、拍手が鳴りやまない。抱き合い、ともに「ありがとう」と言葉を交わすのが精いっぱいだった。
5連覇に死力を尽くした。小椋は持病の腰痛に加え、2日前の準々決勝で右足をねんざ、左ひざにも故障を抱えた。潮田も連戦の疲労による右ひざの テーピングが痛々しい。「今日は悔いがなく、最後の最後の最後まで戦おうと思っていた」(潮田)。これが最後という気力だけが2人を突き動かした。
「一生忘れられない試合になった」(小椋)。名勝負だった。第1ゲーム、20-20から延長に入り、オグシオがつかんだ6度目のゲームポイントで 決着がついた。第2ゲームは最後に6ポイント連取で逆転。300試合を超えるオグシオの歴史は、潮田のバックのストップ・ショットで幕を閉じた。
12月のチーム戦日本リーグでともにプレーする可能性は残るが、ダブルスのペアとしては、事実上最後の試合となった。
高校卒業の時、九州出身の潮田は地元企業への進路が内定していた。だが、三洋電機に入社が決まっていた小椋が毎日のように電話をかけ、潮田を口説き落とした。「一緒にダブルスを組んで五輪を目指そう」。それから9年間、家族以上に2人はともに生きた。
きずなは別れの時も深かった。この日、潮田から初めて「ペア解消」の経緯が告白された。「実は、オグッチ(小椋)に『違う子と組んでロンドン五輪 を目指したい』と言われていた」。だから、北京五輪後の潮田は、現役続行か否か揺れていたのだ。2人の目から再び涙があふれた。
最後の試合の後に事実を公表しようと、事前に2人で決めていたのかもしれない。「決別」を告げた小椋からは言いにくいことだ。自らの口で明かしたのが、潮田の小椋への気遣い、ロンドン五輪へのエールに映った。
新しいバドミントン人生が来年から始まる。「これからは小椋久美子と潮田玲子という個々として応援してほしい」。2人はオグシオという重責を脱いで、それぞれの道を歩み始める。